ごあいさつ Message

 我が国はその地球科学的な立地特性から美しく豊かな国土を有していますが、同時に地震や火山、台風や豪雪など、多種多様な災害の多発国でもあります。特に 活動度の高い時期に入ったといわれる地震は、今後30~50年くらいの間に、M8クラスの巨大地震が4~5回、M7クラスの地震は40~50回発生すると考えられています。前者の代表が南海トラフ沿いの巨大地震、後者の代表が首都直下地震です。これは、東日本大震災を引き起こした2011年東北地方太平強沖地震の前から言われていたことです。 
 適切な対策を講じないと、上で紹介した一連の地震による被害(直後の被害)は、政府中央防災会議(2012年、2013年)によれば、最悪のケースでは我が国のGDPの6割の経済被害(南海トラフの巨大地震で約220兆円、首都直下地震で約95兆円)、建物被害が全壊・全焼・流出する建物のみで約300万棟、死者行方不明者は約35万人達します。1923年の関東地震(M7.9)による被害は、死者・行方不明者約10.5万人、被害総額は当時の GDPの4割を越えました。しかし当時と今では、世界の経済に及ぼす影響は全く違います。関東地震の際には、外交上の思惑もあり、他の経済大国がわが国の復興支援をしてくれました。しかし今日同じ規模の支援を望むことは不可能です。我が国の状況も大きく変わっています。当時は人口が増加し、国力も強くなっていく時代でしたが、現在は少子高齢人口減少で財政的にも厳しさが増す一方です。 
 2018年6月に公益社団法人土木学会は巨大地震による発災から20年間の長期的な被害額を試算しました。その額は、直後の被害を含め、南海トラフの巨大地震で約1,410兆円、首都直下地震では約778兆円にのぼります。現在の我が国の財政状況や少子高齢人口減少社会を考えれば、今後の我が国の災害への取り組みは「貧乏になっていく中での総力戦」と言えます。総合的な防災力の向上は、「自助・共助・公助」の3者の担い手ごとに、「被害抑止」「被害軽減」「災害の予見と早期警報」の3つの事前対策と、「被害評価」「緊急災害対応」「復旧」「復興」の4つの事後対策を、対象地域の災害特性と防災対策の実状に合わせて適切に組み合わせて実施していくことで実現します。しかし今後は「公助」の割合は益々減っていくことが予想され、これを補う「自助」と「共助」の確保とその活動の継続が重要になります。その際には、従来のように、「自助」と「共助」の担い手である個人や法人、NPOやNGOの関係者の「良心」に訴えるだけの「防災」はもはや限界であり、活動主体の個人や組織、地域に対して、物的・精神的な利益がもたらされる環境整備が不可欠です。これは、CSR(Corporate Social Responsibility)からCSV(Creating Shared Value)への転換と言えます。CSVは2011年にハーバードビジネススクールのマイケル・E・ポーター教授が提唱した概念ですが、「世の中の社会課題に目を向け、それを本業で解決することで、事業機会を生み出し、会社/組織の成長につなげていこう」と言うものです。さらに、防災対策のソフト・ハードを、国内外を市場として、防災ビジネスとして展開していくことが重要です。そうしないと、国内の防災の仕組みを高い水準で維持することが難しいからです。  
 私はこれらの課題を解決する上でのキーワードは、防災対策の「コストからバリューへ」の意識改革と「フェーズフリー」であると考えています。従来のコストと考える防災対策は「一回やれば終わり、継続性がない、効果は災害が起こらないとわからない」ものになります。しかしバリュー(価値)を高める防災対策は「災害の有無にかかわらず、平時から組織や地域に価値やブランド力をもたらし、これが継続性される」ものになります。「フェーズフリー」は平時と災害時、防災の3つの事前対策と4つの事後対策など、様々なフェーズで適用できたり利用可能な商品、システム、会社や組織、人やその生き方、などを表現する新しい言葉です。社会の様々な構成要素を「フェーズフリー」にしていくことで付加価値をもたらすとともに、結果的に社会全体を「フェーズフリー」に、すなわち災害レジリエンスの高い社会に変革しようとするものです。 

地震発生から日常生活までの災害サイクル
Cycle of Disasters from the Occurrence of Earthquakes to Usual Life

理想的な防災対策は,「被害抑止」,「災害対応/被害軽減」,「最適復旧/ 復興戦略」の3者をバランス良く実施 することである.
目黒研究室では,それらを具体化するためのハードとソフトの研究を実施している.

The ideal disaster-related countermeasure is to balance between all three of “Mitigation”, “Preparedness/Response to Disaster”, and “Optimum Recovery/Reconstruction Strategy” We research both tangible and intangible approaches to realize them.

ハードとソフト両面からの防災研究
Disaster Reduction Research from Both Hardware and Software Sides (Tangible and Intangible Sides)

目黒・沼田研究室では,地震を中心としたハザードを原因として発生する人的・物的な被害や社会機能の障害を,ハード的な対策とソフト的な対策とをバランス良く講じることによって,最小限に抑えるための戦略について研究している.
兵庫県南部地震をはじめとして最近の地震被害の最大の教訓は,人的な被害の軽減はハードな対策なしには実現できないこと, 最近盛んな「リアルタイム地震防災システム」などのソフトな対策は,社会機能の迅速な復旧と復興を主眼としている点である.
兵庫県南部地震の教訓を踏まえ,地震防災上最も重要性の高い地震時の構造物の破壊挙動とその建物に付随する設備や家具などの地震時の挙動,さらに災害時の人の避難行動などを総合的にシミュレーションするシステムを考えている.

We research the strategies to minimize the human/physical damages and social function disorders resulting from natural hazards (earthquakes, etc.), [through practicing countermeasures balancing tangible and intangible measures.] 
The lessons that we have learnt from recent large earthquakes (like those from the Great Hanshin-Awaji Earthquake) are that reduction of human suffering can’t be accomplished without intangible countermeasures, and that recent intangible measures that are popular these days (Real-time Earthquake Disaster System, etc.) focus on immediate recovery and reconstruction of the social functions. 
Learning the lessons from the Great Hanshin-Awaji Earthquake, we are now considering systems synthetically simulating the fracture behaviors of structures and the behaviors of the facility and furniture within during earthquakes, and the evacuation behaviors during and after disasters.